駅までの道を歩きながら、今日の会話をひとつずつ思い出していた。
あのとき、笑うタイミングが少し遅かった気がする。
あの返事は、冷たく聞こえたかもしれない。
話を広げられなかった場面もあった。
相手は何も言っていなかった。
むしろ、普通に笑ってくれていたと思う。
それなのに、別れ際の表情が何度も頭に浮かぶ。
少し疲れていただけかもしれない。
急いでいただけかもしれない。
そう考えようとしても、心の中では別の声がする。
「本当は、つまらなかったのかもしれない。」
楽しかったはずなのに
今日は、悪い日ではなかった。
待ち合わせのとき、相手は普通に手を振ってくれた。
お店でもたくさん話した。
何度も笑った。
帰り際も、「またね」と言ってくれた。
それなのに、ひとりになった途端、楽しかった時間の中から不安な場面だけを拾い始めていた。
あの話題、長すぎたかもしれない。
自分の話ばかりしたかもしれない。
相手がスマホを見た瞬間があった。
あれは退屈だったからかもしれない。
歩きながら、頭の中で何度も同じ場面を戻していた。
まるで、今日の会話の中から失敗の証拠を探しているみたいだった。
改札前で思い出した一言
改札の前で、ふとひとつの言葉を思い出した。
私が何気なく言った一言。
その場では普通に流れた。
でも今になって、少しきつく聞こえたかもしれないと思った。
相手は笑っていた。
でも、本当は気にしていたかもしれない。
私が気づかなかっただけかもしれない。
そんなことを考え始めると、もう止まらなかった。
スマホを開いて、何か送ろうかと思った。
「今日、変なこと言ってたらごめんね。」
そう打ちかけて、消した。
これを送ったら、逆に重いかもしれない。
気にしていなかった相手に、わざわざ気にさせてしまうかもしれない。
結局、何も送れなかった。
電車の窓に映る自分
電車に乗ると、窓にぼんやり自分の顔が映った。
少し疲れて見えた。
今日、私はちゃんと笑えていただろうか。
相手に気を使わせていなかっただろうか。
一緒にいて楽しい人だっただろうか。
電車の音に紛れて、頭の中だけがずっと忙しかった。
周りの人たちは、スマホを見たり、眠ったりしていた。
私だけが、もう終わった会話の中に戻っているようだった。
過ぎた時間を何度もやり直しているのに、実際には何も変えられない。
変えられないのに、考えることだけはやめられなかった。
家に着いても終わらない
家に着いて、靴を脱いだ。
バッグを置いた。
手を洗った。
それでも、反省会は終わらなかった。
お風呂に入りながら、また同じ場面を思い出す。
ドライヤーの音の中で、別の一言が気になり始める。
ベッドに入ってからも、相手の表情を思い出していた。
楽しかったはずなのに。
ちゃんと会えてうれしかったはずなのに。
帰ってからの私は、その時間を何度も検査していた。
今日を失敗にする理由を、自分で探しているみたいだった。
たぶん、嫌われたくなかった
本当は、相手を傷つけたくなかった。
変に思われたくなかった。
一緒にいて疲れる人だと思われたくなかった。
また会いたいと思ってほしかった。
だから、帰ってからもずっと確認していたのかもしれない。
今日の私は大丈夫だったか。
相手にとって嫌な人ではなかったか。
関係を壊すようなことをしていなかったか。
でも、どれだけ考えても、相手の本当の気持ちはわからなかった。
わからないから、不安になった。
不安だから、また考えた。
その繰り返しだった。
反省会を閉じる
スマホを開いた。
相手とのトーク画面を見た。
別れたあとに送った「今日はありがとう」に、相手から短い返信が来ていた。
「こちらこそ、楽しかったよ。」
その一文を見て、少しだけ力が抜けた。
でも、完全に安心できたわけではなかった。
楽しかったと言ってくれているのに、それでもまだ、どこかで疑っている自分がいた。
そのことにも、少し疲れた。
私はスマホを伏せて、部屋の電気を少し暗くした。
今日の会話を、これ以上採点しないことにした。
うまく話せなかったところもあったかもしれない。
言葉に詰まった場面もあったかもしれない。
でも、笑えた時間もあった。
またね、と言ってもらえた。
それも今日の中にあった。
不安な場面だけで、今日全部を決めなくてもいい。
そう思うことにした。
帰り道の反省会の終わり
人と会ったあと、会話を思い返してしまう夜がある。
楽しかったはずの時間を、自分で何度も疑ってしまう夜がある。
それは、相手との関係を大切にしたかったからかもしれない。
嫌われたくなかったからかもしれない。
また会いたいと思ってほしかったからかもしれない。
でも、人との時間は、完璧にできたかどうかだけで決まるものではない。
少し沈黙があっても。
返事がぎこちなくても。
笑うタイミングが少し遅れても。
それだけで、今日が失敗だったとは限らない。
今夜は、会話を採点する手を少しだけ止めてもいい。
楽しかった場面を、ひとつだけ残して眠ってもいい。

