何か悪いことがあったわけではなかった。
誰かに冷たくされたわけでもない。
失敗したわけでもない。
怒られたわけでもない。
いつも通りの一日だった。
仕事をして、帰って、ごはんを食べて、少しスマホを見た。
それだけの夜だった。
それなのに、部屋の電気を少し暗くしたころ、急に泣きそうになった。
理由はわからなかった。
でも、胸の奥がいっぱいになって、何かがこぼれそうだった。
泣くほどのことじゃない
最初に思ったのは、泣くほどのことじゃない、ということだった。
今日は特別つらい日ではなかった。
嫌なことも、少しはあったかもしれない。
でも、誰にでもあるくらいの小さなことだった。
少し疲れただけ。
少し気を使っただけ。
少しうまく話せなかっただけ。
それくらいで泣きそうになるなんて、大げさだと思った。
でも、そう思っても、目の奥は少し熱かった。
泣く理由がないのに、涙だけが先に出てきそうだった。
静かになったら出てきた
昼間は平気だった。
人と話しているときも、作業をしているときも、特に何も感じなかった。
むしろ、普通にできていたと思う。
でも、家に帰って、ひとりになって、部屋が静かになると、急に心の中が見えてきた。
本当は疲れていたのかもしれない。
本当は少し寂しかったのかもしれない。
本当は、誰かに大丈夫と言ってほしかったのかもしれない。
昼間は見ないようにしていたものが、夜になって少しずつ浮かんできた。
スマホを見ても落ち着かない
気を紛らわせようとして、スマホを開いた。
動画を見ようとした。
SNSを少し眺めた。
誰かの投稿が流れてきた。
楽しそうな写真。
明るい言葉。
何かを頑張っている人。
誰かと一緒にいる人。
見ているうちに、余計に胸が重くなった。
自分だけが、部屋の中で何もできずにいるような気がした。
スマホを閉じた。
でも、閉じても気持ちは軽くならなかった。
むしろ、部屋の静けさがさっきよりはっきりした。
何が悲しいのかわからない
何が悲しいのか、自分でもわからなかった。
孤独なのか。
疲れているのか。
焦っているのか。
誰かにわかってほしいのか。
自分にがっかりしているのか。
どれも少しずつ当たっている気がした。
でも、これだと言えるものはなかった。
理由がわからないと、余計に不安になる。
ちゃんと説明できない気持ちは、自分でも扱いにくい。
私はただ、ソファに座ったまま、泣きそうな感じだけを抱えていた。
涙が出そうで出ない
泣けば少し楽になるのかもしれない。
そう思った。
でも、涙は出そうで出なかった。
泣きたいのか、泣きたくないのかもわからなかった。
泣いたら負けみたいな気がした。
でも、泣かないままいるのも苦しかった。
喉の奥がつまるような感じがして、何度か深く息を吸った。
誰かに話せたらいいのかもしれない。
でも、何て言えばいいのかわからなかった。
「何もないけど泣きそう。」
そう送るには、少し勇気が足りなかった。
小さなことをひとつした
しばらくして、私は立ち上がった。
特別なことをする元気はなかった。
でも、このまま座っているのも苦しかった。
台所へ行って、水を飲んだ。
冷たい水が喉を通ると、少しだけ体が今に戻った気がした。
ついでに、テーブルの上の空いたカップを流しへ持っていった。
それだけだった。
でも、部屋の中でひとつだけ物が動いた。
自分も少しだけ動けた。
そのことが、ほんの少しだけ救いみたいに感じた。
理由がなくても疲れていることはある
水を飲んで戻ってきても、泣きそうな感じは完全には消えなかった。
でも、少しだけ考え方が変わった。
理由がはっきりしなくても、疲れていることはあるのかもしれない。
大きな出来事がなくても、心がいっぱいになることはあるのかもしれない。
小さな我慢。
小さな緊張。
小さな寂しさ。
小さな不安。
それらが一日ずつ少しずつ重なって、夜にあふれそうになることがある。
そう思うと、泣きそうになった自分を少しだけ責めにくくなった。
何も悪くないのに泣きそうになった夜の終わり
その夜、結局少しだけ泣いた。
声を出すほどではなかった。
涙が一粒だけ落ちて、それからまた静かになった。
何が悲しかったのかは、最後までよくわからなかった。
でも、理由がわからなくても、涙が出る夜はある。
何も悪くないのに、心が急にいっぱいになる夜がある。
そんな夜を、弱い日だと決めなくてもいいのかもしれない。
今日は、少し疲れていた。
今日は、少し寂しかった。
今日は、少し自分にやさしくした方がいい日だった。
それくらいの答えで、十分なのかもしれない。
私は部屋の明かりを少し落として、スマホを遠くに置いた。
泣きそうになった理由は、まだ全部わからない。
でも、今夜の自分を責めないことだけは、少しだけ選べる気がした。
布団の中で、小さく息を吐いた。
何も悪くない夜にも、泣きそうになることはある。
それでも、明日までこの気持ちを少し休ませていい。

