休憩室に入ったとき、みんなが話していた。
笑い声が聞こえて、誰かが机の上のお菓子を指さしていた。
私はいつものように挨拶をした。
何人かが顔を上げて、普通に返してくれた。
何も変なことはなかった。
たぶん、本当に何もなかった。
でも、ひとりと目が合いそうになった瞬間、相手はすぐに視線をそらした。
それだけだった。
本当に、それだけのことだった。
なのにその一瞬が、胸の奥に残ってしまった。
たまたまだと思いたかった
たまたまだと思った。
話の途中だったのかもしれない。
別のものを見ようとしただけかもしれない。
私に気づいていなかったのかもしれない。
そんなふうに考えようとした。
でも、頭の中では別の声がした。
「避けられたのかもしれない。」
そう思った瞬間、休憩室の空気が少しだけ変わった気がした。
さっきまで普通に聞こえていた笑い声が、自分のいないところで完成しているように聞こえた。
自分だけ、そこに入れていないように感じた。
会話の輪に入れない
私は空いている椅子に座った。
誰かが話している内容に、笑うタイミングを探した。
でも、会話は少し早かった。
どこで入ればいいのかわからなかった。
相づちを打つには遠くて、話題を振るには遅すぎる。
ただ座っているだけの時間が、少しずつ長く感じられた。
みんなは普通に話している。
誰も私を責めていない。
でも、私だけが透明になったような気がした。
目が合わなかった一瞬から、全部がそう見えてしまっていた。
昨日のことまで思い出す
休憩が終わって席に戻ってからも、さっきのことが頭から離れなかった。
目が合わなかったこと。
会話に入れなかったこと。
それだけなら、まだよかったのかもしれない。
でも、不安はすぐに昨日のことまで連れてきた。
昨日の返信が少し短かった。
先週、話しかけたときに相手が急いでいた。
この前の昼休みも、会話がすぐ終わった。
ひとつひとつは、別々のことだったはずなのに。
その日は全部が、同じ答えにつながって見えた。
「やっぱり、私だけ嫌われているのかもしれない。」
誰にも確認できない
本当に嫌われているのかどうか、誰にも聞けなかった。
「私のこと避けてる?」
そんなこと、聞けるはずがない。
聞いたら重いと思われるかもしれない。
気にしすぎだと思われるかもしれない。
逆に関係が変になってしまうかもしれない。
だから、何も聞かなかった。
いつも通りに仕事をして、いつも通りに返事をして、いつも通りの顔をした。
でも、心の中ではずっと確認していた。
今の返事は普通だったか。
今の表情は冷たくなかったか。
今、私だけ話しかけられていないのではないか。
そんなことばかり見ていた。
帰り道も考えていた
帰り道、駅まで歩きながら、また休憩室の場面を思い出した。
相手が視線をそらした瞬間。
私が椅子に座ったこと。
会話に入れなかったこと。
何度も頭の中で再生した。
でも、どれだけ思い出しても、本当の理由はわからなかった。
ただの偶然だったのか。
本当に避けられたのか。
疲れていただけなのか。
私が気にしすぎなのか。
答えが出ないまま、同じ場面だけが何度も戻ってきた。
目が合わなかっただけなのに
家に着いて、部屋の電気をつけた。
バッグを置いて、手を洗って、スマホを見た。
いつもの夜だった。
でも、心だけがまだ休憩室にいた。
たった一瞬、目が合わなかっただけ。
そう思おうとした。
でも、その「だけ」が今日は大きかった。
私だけ嫌われているのではないか。
私だけ避けられているのではないか。
私だけ、いなくてもいい人なのではないか。
そんなところまで考えてしまって、自分でも疲れた。
目が合わなかっただけで、どうしてここまで考えてしまうのだろう。
そう思って、少し泣きそうになった。
本当は安心したかった
たぶん、私は安心したかった。
嫌われていないとわかりたかった。
そこにいてもいいと思いたかった。
話しかけても大丈夫だと思いたかった。
相手にとって、自分が迷惑な存在ではないと感じたかった。
だから、小さな視線の動きまで気になったのかもしれない。
嫌われたいわけではない。
疑いたいわけでもない。
ただ、関係が壊れていないか不安で、ずっと確かめようとしていた。
でも、確かめれば確かめるほど、もっと不安になることもある。
目が合わなかった日の終わり
その夜、答えは出なかった。
相手がなぜ視線をそらしたのか。
本当に私を避けたのか。
ただの偶然だったのか。
どれもわからなかった。
でも、ひとつだけわかったことがある。
私は今日、すごく不安だった。
嫌われたかもしれないと思って、怖かった。
会話の輪に入れなくて、さみしかった。
その気持ちまで、気にしすぎだと捨てなくてもいいのかもしれない。
目が合わなかった日。
私だけ嫌われている気がした日。
でも、その一瞬だけで、関係の全部を決めなくてもいい。
今日見えたものだけが、すべてとは限らない。
私はスマホを少し遠くに置いて、部屋の明かりを落とした。
明日、また普通に挨拶できたらいい。
今夜はそれくらいの小さな続きだけを残して、眠ることにした。

