夜、何気なくSNSを開いた。
特に見たいものがあったわけではない。
眠る前に少しだけ、流れてくる投稿を見るつもりだった。
そのとき、友達の結婚報告が目に入った。
白い服。
花束。
並んだ指輪。
明るい文章。
写真の中の友達は、まぶしいくらい幸せそうに笑っていた。
私は画面を見ながら、小さく息を止めた。
おめでとう。
そう思った。
それは本当だった。
でも、そのすぐあとに、胸の奥が少しだけ苦しくなった。
ちゃんと嬉しいのに
友達のことは好きだった。
幸せになってほしいと思っていた。
だから、結婚報告を見て嬉しい気持ちはちゃんとあった。
よかったね。
おめでとう。
素敵だね。
そういう言葉は、嘘ではなかった。
でも同時に、別の気持ちもあった。
私は今、何をしているんだろう。
そんな言葉が、心の中に静かに落ちてきた。
祝いたい気持ちと、苦しい気持ちが同じ場所にある。
そのことに気づいて、少しだけ自分が嫌になった。
自分の部屋が急に静かになる
スマホの画面は明るかった。
写真の中には、花や笑顔やあたたかいコメントが並んでいた。
でも、画面から目を離すと、自分の部屋は静かだった。
テーブルの上には、飲みかけのお茶。
ソファには、脱いだままの服。
部屋の明かりは少し暗くて、窓の外ももう夜だった。
今日の私は、いつもと同じ一日を過ごしただけだった。
仕事をして、帰って、ごはんを食べて、スマホを見ている。
悪い一日ではない。
でも、その写真を見たあとでは、自分の一日が急に頼りなく見えた。
みんな前に進んでいる気がした
結婚報告を見るたびに、誰かが人生の次の場所へ進んでいくように感じる。
引っ越し。
転職。
出産。
新しい暮らし。
新しい名字。
新しい家族。
そういう言葉を見るたびに、自分だけが同じ場所に残されているような気がする。
本当は、人生に決まった順番なんてないのかもしれない。
わかっている。
でも、わかっていても焦る。
同じくらいの年齢の人が、目に見える形で変わっていく。
そのたびに、自分の変わらなさだけが目立つ気がした。
コメントを書く手が止まる
コメント欄には、もうたくさんの言葉が並んでいた。
「おめでとう!」
「幸せになってね」
「綺麗すぎる」
「素敵なふたり」
私も何か書こうと思った。
指が画面の上で止まった。
おめでとう。
末永くお幸せに。
本当に素敵。
どれも言える。
どれも本当の気持ちだった。
でも、書こうとすると、胸の奥の苦しさも一緒に出てきそうだった。
私はしばらく迷って、短く「おめでとう」とだけ打った。
送信してから、少しだけ自己嫌悪した。
もっと素直に祝えたらいいのに。
そんなふうに思った。
比べるつもりはなかった
友達と自分を比べたいわけではなかった。
友達の幸せを減らしたいわけでもない。
それなのに、気づくと比べていた。
友達は選ばれている。
私はまだひとりでいる。
友達は新しい生活を始める。
私は同じ部屋で同じ夜を過ごしている。
友達は誰かと未来を決めている。
私は明日の予定さえ少し面倒に感じている。
そんなふうに、頭の中で勝手に並べてしまう。
そして、並べるたびに自分だけが足りない人みたいに見えてしまう。
写真の外側は見えない
写真の中の友達は、本当に幸せそうだった。
でも、その写真だけで友達の人生の全部がわかるわけではない。
そこに至るまでの迷いや不安。
人に見せていない悩み。
ひとりで泣いた夜。
そういうものは、写真には写らない。
私にも、写真に写らない日々がある。
ただ何とか乗り越えた日。
誰にも見せていない不安。
言葉にできない焦り。
そういうものがある。
それなのに、画面の中の一枚と、自分の全部を比べてしまっていた。
おめでとうと苦しいは同時にある
おめでとうと思った。
それは本当。
苦しいと思った。
それも本当。
どちらかだけが正しいわけではないのかもしれない。
誰かの幸せを見て、嬉しいのに、自分のことを考えて苦しくなる。
そんな気持ちがあっても、相手を嫌っていることにはならない。
ただ、自分の中にある焦りが、その瞬間に照らされただけなのかもしれない。
私は友達の投稿をもう一度見た。
今度は、少しだけ画面から距離を取って見た。
これは友達の幸せ。
私の失敗の証拠ではない。
そう思いたかった。
結婚報告を見た夜の終わり
SNSを閉じたあとも、少しだけ胸の奥は重かった。
でも、さっきよりは自分を責める気持ちが弱くなっていた。
祝いたいのに苦しくなる自分を、悪い人だと決めなくてもいい。
焦っている自分を、みじめだと決めなくてもいい。
人生の進み方は、人によって違う。
同じ年齢でも、同じ順番で進まなくてもいい。
そう何度も聞いたことがある。
今夜の私は、まだそれを完全には信じられない。
でも、少しだけそう思ってみることにした。
友達の結婚報告を見た夜。
おめでとうと思って、少し泣きそうになった夜。
そのどちらの気持ちも、自分の中に置いておいていい。
私はスマホを伏せて、部屋の明かりを少し落とした。
誰かの人生が進んだ夜にも、私の時間が止まったわけではない。
今はまだ見えないだけで、私の続きもちゃんとある。
そう思いながら、ゆっくり息を吐いた。

