夜、何となくスマホを開いた。
特に見たいものがあったわけではない。
ただ、少し時間をつぶすつもりだった。
画面を指で流していると、知っている人たちの写真が出てきた。
明るいお店。
並んだ料理。
誰かの笑顔。
楽しそうなコメント。
私は、その写真をしばらく見ていた。
悪い写真ではなかった。
むしろ、見ているだけで楽しさが伝わってくるような写真だった。
それなのに、胸の奥が少しだけ苦しくなった。
楽しそうで、苦しかった
みんなが楽しそうにしているのを見るのは、嫌なことではないはずだった。
幸せそうでよかった。
楽しそうでよかった。
そう思う気持ちは、ちゃんとあった。
でも、その写真の中に自分はいなかった。
その場所を知らなかった。
その会話を知らなかった。
その日の空気を、自分だけ知らない。
そう思うと、画面の中の明るさが少し遠く感じた。
私の部屋は静かだった。
テーブルの上には、冷めたお茶が置いてあった。
さっきまで何とも思っていなかった自分の夜が、急にさみしいものに見えた。
比べるつもりはなかった
比べるつもりはなかった。
誰かと自分を比べたかったわけではない。
ただ、写真を見ただけ。
それだけのはずだった。
でも、気づいたら頭の中で比べていた。
みんなは外に出ている。
私は部屋にいる。
みんなは誰かと笑っている。
私はひとりでスマホを見ている。
みんなは何かを楽しんでいる。
私は何をしているんだろう。
そう考え始めると、今日一日まで急に色が薄く見えてきた。
何も悪いことはなかった。
でも、何か足りない一日だったような気がしてしまった。
写真の外側は見えない
写真の中のみんなは、きれいに笑っていた。
その笑顔だけを見ると、何もかもうまくいっているように見えた。
悩みなんてなさそうに見えた。
自分だけが立ち止まっていて、みんなだけがちゃんと人生を進めているように見えた。
でも、本当は写真の外側までは見えない。
その人たちにも、帰ったあとに疲れる夜があるかもしれない。
投稿する前に、少し落ち込んでいた人がいるかもしれない。
笑っているその瞬間だけが、切り取られているのかもしれない。
そう頭ではわかっている。
でも、画面の中の笑顔は強かった。
わかっていても、苦しくなることがある。
閉じても残る
私はスマホを閉じた。
もう見ない方がいいと思った。
でも、閉じたあとも、写真は頭の中に残っていた。
明るい照明。
楽しそうな顔。
並んだグラス。
短いコメント。
全部が、閉じたはずの画面から少しだけ漏れているみたいだった。
部屋の静けさが、さっきよりはっきりした。
誰からも連絡は来ていない。
予定もない。
明日も、特に変わったことはない。
それが悪いわけではないのに、急に自分だけ止まっているような気がした。
私だけ何もない気がした
みんなには、誰かと過ごす夜がある。
話すことがある。
写真に残したい時間がある。
そう見えた。
私は、今日の写真を残すとしたら何を撮るだろう。
散らかった机。
部屋の明かり。
飲みかけのお茶。
充電中のスマホ。
それも、生活だった。
ちゃんと自分の一日だった。
でも、画面の中の夜と比べると、少しだけ頼りなく見えた。
私だけ何もない。
そんな言葉が浮かんで、すぐに消したくなった。
でも、一度浮かんだ言葉は、なかなか消えてくれなかった。
うらやましいだけではなかった
うらやましかったのかもしれない。
でも、それだけではなかった。
その場にいたかったのかもしれない。
誰かに声をかけてもらいたかったのかもしれない。
自分にも、当たり前に混ざれる場所があると思いたかったのかもしれない。
写真を見て苦しくなったのは、みんなが嫌だったからではない。
自分だけ遠くにいるように感じたからだった。
そのことに気づいたら、少しだけ涙が出そうになった。
泣くほどのことではない。
そう思った。
でも、心は泣くほどではない小さな痛みを、ずっと抱えていることがある。
みんなの写真を見て閉じた夜の終わり
もう一度スマホを手に取った。
でも、SNSは開かなかった。
代わりに、画面を暗いまま机に置いた。
部屋の電気を少し明るくした。
冷めたお茶を飲んだ。
写真の中にいないからといって、私の夜がなかったことになるわけではない。
誰かの楽しそうな一瞬と、自分の静かな一日を比べなくてもいい。
そう思いたかった。
まだ、完全には思えない。
でも、今夜はそれでいいのかもしれない。
みんなの写真を見て、閉じた夜。
自分だけ置いていかれたように感じた夜。
それでも、画面の外側には、私の時間もちゃんと続いている。
派手ではなくても。
誰にも見せなくても。
写真に残らなくても。
今夜を過ごしている自分まで、なかったことにしなくていい。

