寝る前に、部屋の電気を消した。
いつも通りの部屋だった。
机も、棚も、カーテンも、床に置いたバッグも、何も変わっていない。
さっきまで明るい部屋の中で普通に見えていたものばかりだった。
それなのに、電気を消した瞬間、部屋の空気が少し変わった気がした。
家具の輪郭がぼんやりして、部屋の隅が暗くなる。
見慣れていたはずの場所が、少しだけ知らない場所みたいに見える。
何もない。
そうわかっている。
でも、わかっているだけでは、怖さが消えない夜がある。
バッグが人影みたいに見えた
机の横に置いたバッグが、暗い中で少しだけ違って見えた。
昼間はただのバッグだった。
出かけるときに使って、帰ってきて、何となく床に置いたままにしたもの。
でも、暗くなった部屋では、その形が人影みたいに見えた。
もちろん、そんなはずはない。
バッグだとわかっている。
朝になれば、何でもない顔でそこにある。
それなのに、布団の中から見ると、そこだけが妙に気になった。
見ないようにしようとすると、余計に気になる。
目を閉じても、さっき見えた形が頭の中に残っていた。
小さな音が大きくなる
冷蔵庫の音が聞こえた。
昼間なら気にならない音。
いつも鳴っている生活の音。
でも夜の部屋では、その低い音が少しだけ大きく聞こえた。
外を車が通る音もした。
どこかの部屋で、物が動いたような音もした。
たぶん、隣の生活音。
たぶん、建物のきしみ。
たぶん、何でもない音。
そう思おうとしても、耳は勝手に音の正体を探してしまう。
暗い部屋の中で、音だけが妙にはっきりしていた。
誰もいないはずなのに
この部屋には、自分しかいない。
玄関の鍵は閉めた。
窓も閉めた。
カーテンも閉めた。
ちゃんと確認した。
それでも、電気を消したあとは、誰もいないはずの部屋が少し広く感じる。
ベッドの外側。
机の下。
部屋の隅。
見えない場所が増えるほど、そこに何かを想像してしまう。
何かがいるわけではない。
ただ、見えないだけ。
でも夜の不安は、その「見えないだけ」をそのままにしておいてくれない。
頭の中で勝手に形を作ってしまう。
スマホの画面をつけた
私は布団の中で、スマホの画面をつけた。
白い光が手元だけを明るくした。
その小さな明るさに、少しだけ安心した。
トーク画面を開くわけでもない。
動画を見るわけでもない。
ただ、明るいものが近くにあるだけでよかった。
でも、画面の外側には、まだ暗い部屋が広がっていた。
スマホの明かりで照らされていない場所が、さっきより暗く見える気もした。
私は画面を少し眺めてから、また消した。
部屋は、もう一度暗くなった。
目が慣れるまでの時間
暗さに目が慣れてくると、部屋の中が少しずつ見えてきた。
バッグは、やっぱりバッグだった。
机も棚も、いつもの場所にあった。
カーテンも閉まっている。
何も変わっていない。
それがわかると、少しだけ力が抜けた。
でも、完全に怖くなくなったわけではなかった。
電気を消した直後のあの感じ。
見慣れた部屋が急に違って見える感じ。
それがまだ体の中に残っていた。
怖さは、理由がわかってもすぐには消えないことがある。
小さな明かりをつける
私はもう一度、起き上がった。
枕元の小さなライトをつけた。
部屋全体が明るくなるほどではない。
でも、床のあたりや机の横が少し見えるようになった。
それだけで、部屋の形が戻ってきた気がした。
さっき人影みたいに見えたバッグも、今はただのバッグだった。
廊下へ続くドアも、部屋の隅も、少しだけ輪郭が見える。
完全な暗闇じゃなくてもいい。
眠るときは真っ暗にしなきゃいけないわけでもない。
怖い夜は、少しだけ明かりを残してもいい。
そう思ったら、少し呼吸がしやすくなった。
電気を消したあとの部屋の終わり
布団に戻って、ライトの小さな光を見た。
部屋はまだ静かだった。
冷蔵庫の音も、外の車の音も、さっきと同じように聞こえている。
でも、部屋の中に少しだけ明かりがあるだけで、音の聞こえ方までやわらいだ気がした。
電気を消したあとの部屋が怖くなる夜がある。
見慣れたものが違って見える夜がある。
誰もいないはずなのに、部屋の隅が気になってしまう夜がある。
でも、怖いと感じる自分を責めなくてもいい。
暗さに心が少し警戒しているだけかもしれない。
見えない場所に、想像がふくらんでいるだけかもしれない。
今夜は、小さな明かりをつけたまま眠ることにした。
それで安心できるなら、それでいい。
私は布団の中でゆっくり息を吐いた。
部屋は、少しだけいつもの部屋に戻っていた。

