本当は断りたかった夜|NOと言えなくて引き受けてしまう短い話

夜に読む短い話

本当は、断りたかった。

でも、口から出たのは別の言葉だった。

「大丈夫です。」

そう言った瞬間、自分の中で何かが少し沈んだ。

頼まれたことは、できないことではなかった。

絶対に無理というほどでもない。

でも、今の自分には少し重かった。

今日はもう疲れていた。

帰ったら休みたかった。

明日も早かった。

それなのに、相手に困った顔をされた瞬間、断る言葉が出てこなくなった。

「大丈夫です。」

私はもう一度、笑ってそう言った。

頼まれた瞬間に考えたこと

頼まれた瞬間、最初に浮かんだのは自分の予定ではなかった。

相手が困っていること。

ここで断ったら迷惑がかかること。

冷たい人だと思われるかもしれないこと。

使えない人だと思われるかもしれないこと。

そういうことばかりが、一気に頭に浮かんだ。

本当は、自分の疲れもそこにあった。

今日はもう余裕がない。

できれば引き受けたくない。

そう思っていた。

でも、その気持ちはすぐに後ろへ下がった。

相手の期待の方が、自分の気持ちより大きく見えた。

断る言葉が見つからない

「今日は難しいです。」

「すみません、余裕がなくて。」

「今回はできません。」

頭の中では、いくつかの言葉が浮かんでいた。

でも、どれも口に出す直前で止まった。

きつく聞こえるかもしれない。

嫌な感じになるかもしれない。

相手を困らせるかもしれない。

そう考えると、言葉が喉の奥で小さくなった。

結局、いちばん波風が立たなさそうな言葉を選んだ。

「大丈夫です。」

本当は大丈夫ではないのに、その言葉が一番安全に見えた。

引き受けたあとで苦しくなる

頼まれごとを引き受けたあと、相手は少し安心した顔をした。

「ありがとう、助かる。」

そう言われて、私も笑った。

よかった。

役に立てた。

そう思う気持ちもあった。

でも、同時に胸の奥が重くなった。

帰り道、予定を頭の中で組み直した。

帰ったらこれをやって、明日の準備をして、それから頼まれたことを進める。

お風呂は短くしよう。

寝る時間は少し遅くなるかもしれない。

そう考えながら、だんだん疲れてきた。

断らなかったのは自分なのに。

引き受けたのも自分なのに。

それでも、苦しかった。

いい人でいたかった

どうして断れなかったのだろう。

帰り道で何度も考えた。

頼まれると、すぐに「いいですよ」と言ってしまう。

相手が少し困っているだけで、自分がどうにかしなきゃと思ってしまう。

断ったあとの空気が怖い。

がっかりされるのが怖い。

次から頼られなくなるのも怖い。

私はたぶん、いい人でいたかった。

優しい人だと思われたかった。

頼りになる人だと思われたかった。

でも、そのたびに自分の時間や体力を少しずつ渡していた。

家に帰ってから

家に着くと、部屋は静かだった。

バッグを置いて、上着を脱いで、しばらく座った。

本当なら、ここで少し休みたかった。

何も考えずにぼーっとしたかった。

でも、頭の中には引き受けたことが残っていた。

やらなきゃ。

今日中に少し進めなきゃ。

そう思うほど、体が重くなった。

スマホを開くと、相手からメッセージが来ていた。

「今日は本当にありがとう。無理させてたらごめんね。」

私はその画面を見て、しばらく返信できなかった。

無理している。

でも、そう言えない。

また「大丈夫」と打つ

返信欄に、文字を打った。

「大丈夫です。」

また同じ言葉だった。

本当は、

「少しだけ大変です。」

「今日は余裕がなかったです。」

「次からは早めに言ってもらえると助かります。」

そう言ってもよかったのかもしれない。

でも、そこまで書く勇気はなかった。

相手を責めているように見えるかもしれない。

気を使わせるかもしれない。

もう引き受けたのに、今さら言うのも変かもしれない。

そう思って、私は短く返した。

「大丈夫です。できるところまでやります。」

送信したあと、少しだけ泣きたくなった。

本当は断りたかった

作業を始める前に、机の上で手を止めた。

本当は断りたかった。

その言葉を、心の中でだけ言ってみた。

本当は、今日は休みたかった。

本当は、余裕がなかった。

本当は、頼まれた瞬間に少し困っていた。

誰かに言うわけではない。

相手に送り直すわけでもない。

でも、自分にだけは本当のことを言ってもいい気がした。

断れなかった自分を責める前に、断りたかった気持ちがあったことを認めてもいい。

そう思ったら、胸の奥が少しだけゆるんだ。

小さな線を引く

その夜、私は頼まれたことを少しだけ進めた。

全部はできなかった。

でも、できるところまでやった。

そして、明日送るメッセージを下書きした。

「今日はここまで進めました。残りは明日以降になります。」

それだけの文章だった。

強い言葉ではない。

断っているわけでもない。

でも、自分の限界を少しだけ伝える言葉だった。

それを打っただけで、少し緊張した。

でも、少し安心もした。

全部を抱えなくてもいいのかもしれない。

できるところまででいいと言ってもいいのかもしれない。

本当は断りたかった夜の終わり

本当は断りたかった夜がある。

でも断れなくて、笑って引き受けてしまう夜がある。

相手を困らせたくなくて。

嫌われたくなくて。

いい人でいたくて。

自分の疲れを後回しにしてしまう夜がある。

それは、弱いからではないのかもしれない。

人との関係を壊したくなくて、必死に空気を守ろうとしているだけかもしれない。

でも、自分の気持ちも、関係の中にあっていい。

無理なときは無理と言っていい。

全部はできないと言っていい。

すぐに上手に断れなくてもいい。

まずは、自分の中でだけでも、

「本当は断りたかった。」

と認めるところからでいい。

私は下書きしたメッセージを保存して、部屋の明かりを落とした。

今夜は、全部抱えた自分を責めるより、少しだけ守ってあげたいと思った。

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