ちゃんと笑えなかった日|人と会ったあと気にしてしまう短い話

夜に読む短い話

今日は、うまく笑えなかった気がする。

帰りの電車の中で、そんなことを考えていた。

誰かに何か言われたわけではない。

気まずい沈黙があったわけでもない。

たぶん、普通に話して、普通に別れた。

それなのに、ひとりになった途端、今日の自分が気になり始めた。

ちゃんと笑えていただろうか。

感じ悪く見えなかっただろうか。

疲れているのが顔に出ていなかっただろうか。

窓に映った自分の顔を見ながら、私は今日の表情を思い出そうとしていた。

笑うタイミングが少し遅れた

昼間、みんなで話しているとき、誰かが冗談を言った。

周りはすぐに笑った。

私も笑った。

でも、少しだけ遅れた気がした。

本当は面白くなかったわけではない。

ただ、少しぼんやりしていただけだった。

でも、その一瞬が帰り道になってから気になった。

遅れて笑ったことに、誰か気づいただろうか。

無理して笑っているように見えただろうか。

空気を悪くしただろうか。

たった一度の笑い方を、何度も頭の中で再生していた。

返事が薄かったかもしれない

別の場面も思い出した。

話しかけられたとき、私は短く返事をした。

「そうなんだ。」

それだけだった。

本当は、もう少し言葉を足せばよかった。

「大変だったね」とか。

「それでどうなったの?」とか。

そう返せば、会話は続いたかもしれない。

でも、そのときは言葉が出てこなかった。

相手はすぐ別の話題に移った。

それだけのことだった。

でも今になると、自分の返事が冷たかったように思えた。

つまらなそうに見えたかもしれない。

話を聞いていないと思われたかもしれない。

そんな想像が、ひとつずつ増えていった。

楽しくなかったわけじゃない

楽しくなかったわけではない。

むしろ、会えてよかったと思っている。

話せてうれしかった場面もあった。

笑った時間もあった。

でも、その日の全部より、うまくできなかった気がする場面ばかりが残っている。

帰り道の私は、楽しかったことを思い出すより先に、失敗を探していた。

あそこでもっと笑えばよかった。

あの話にもっと反応すればよかった。

帰り際、もう少し明るく言えばよかった。

過ぎた時間を、あとから何度も直そうとしていた。

直せないことばかりなのに。

スマホを開いて閉じる

家に帰ってから、相手とのトーク画面を開いた。

何か送ろうかと思った。

「今日はありがとう。」

それなら自然かもしれない。

でも、もう別れ際に言った。

もう一度送ると、気にしすぎている感じが出るかもしれない。

「なんか今日、疲れててごめんね。」

そう打ってみた。

でも、すぐに消した。

相手は何も気にしていないかもしれない。

それなのに、こちらから言うことで変な空気になるかもしれない。

何か送った方が安心できる気がする。

でも、送ったらまたその返信が気になりそうだった。

私はトーク画面を閉じた。

それでも、気持ちは閉じられなかった。

顔のことばかり思い出す

お風呂に入りながら、また今日の自分の顔を思い出した。

笑っていたはずの顔。

少し疲れていたかもしれない顔。

うなずいていたときの顔。

相手の話を聞いているときの顔。

自分では、どんな表情だったのかわからない。

だからこそ、不安になる。

誰かの目に映った自分を確認できないから、頭の中で勝手に悪く想像してしまう。

ちゃんと笑えていなかったかもしれない。

無愛想だったかもしれない。

一緒にいて疲れる人だと思われたかもしれない。

考えれば考えるほど、今日の自分が遠くから見られているようで落ち着かなかった。

たぶん、嫌われたくなかった

どうしてこんなに気になるのだろう。

そう考えて、少しだけわかった気がした。

私はたぶん、嫌われたくなかった。

感じの悪い人だと思われたくなかった。

一緒にいると気を使う人だと思われたくなかった。

また会いたいと思ってほしかった。

だから、笑い方や返事の短さまで気になったのかもしれない。

人と会ったあとに疲れるのは、会っている時間だけ頑張っているからではない。

帰ってからも、頭の中でその時間をもう一度生き直しているからかもしれない。

ちゃんと笑えなかった日の終わり

寝る前に、もう一度だけ今日を思い返した。

うまく笑えなかった場面はあったかもしれない。

返事が短かった場面もあったかもしれない。

でも、相手が笑ってくれた場面もあった。

私がちゃんと話を聞けた場面もあった。

帰り際に「またね」と言ってもらえた。

それも今日の中にあった。

不安な場面だけで、今日を全部決めなくてもいいのかもしれない。

完璧に笑えなくても。

少し返事が薄くても。

疲れている日があっても。

それだけで、関係が壊れるとは限らない。

私は部屋の電気を消して、布団の中で小さく息を吐いた。

今日の自分を、もう少しだけ許して眠りたいと思った。

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