「大丈夫」と送ったあとで泣いた|本音を言えない夜の短い話

夜に読む短い話

本当は、大丈夫じゃなかった。

でも、LINEには「大丈夫」と送った。

送ったあとで、しばらく画面を見ていた。

自分が打ったその四文字が、妙に明るく見えた。

大丈夫。

たったそれだけの言葉なのに、今の自分からは少し遠かった。

相手を困らせたくなかった。

重いと思われたくなかった。

面倒な人だと思われたくなかった。

だから、いちばん簡単な返事を選んだ。

「大丈夫だよ。」

そう送ってから、私はスマホを伏せた。

本当は少し傷ついていた

その日のことは、たぶん小さなことだった。

相手に悪気はなかったと思う。

少し言い方がきつく聞こえただけ。

少し雑に扱われたように感じただけ。

少しだけ、後回しにされたような気がしただけ。

誰かに説明したら、

「それくらいで?」

と言われるかもしれない。

自分でも、そう思おうとした。

でも、心の中には小さな傷が残っていた。

大きな傷ではない。

泣くほどではないはずの傷。

それなのに、夜になるとその小さな痛みが、少しずつ大きくなっていった。

何て返せばよかったのかわからない

相手から、

「ごめん、さっきの言い方きつかった?」

とLINEが来た。

たぶん、気にしてくれたのだと思う。

その時点で、ちゃんと言えばよかったのかもしれない。

「少しだけ悲しかった。」

「ちょっと傷ついた。」

「本当は気にしてた。」

そう言えばよかったのかもしれない。

でも、文字にしようとすると、急に怖くなった。

そんなことで傷つく人だと思われるかもしれない。

空気を悪くするかもしれない。

相手を責めているみたいになるかもしれない。

だから私は、短く返した。

「全然大丈夫だよ。」

送った瞬間、胸の奥が少しだけ沈んだ。

優しい返事のふりをした

本当は、自分を守りたかった。

でも、送った言葉は相手を安心させるためのものだった。

「気にしないで。」

「大丈夫。」

「全然平気。」

そういう言葉は、便利だった。

相手を困らせない。

会話を終わらせられる。

その場を丸くできる。

でも、その言葉の中に、自分の気持ちはほとんど入っていなかった。

相手には優しい返事だったかもしれない。

でも、自分には少しだけ冷たい返事だった。

私は自分の気持ちを、また後回しにした。

返信はすぐに来た

相手からは、すぐに返信が来た。

「よかった。ありがとう。」

その一文を見て、ほっとした。

揉めなかった。

重くならなかった。

嫌な空気にならなかった。

それでいいはずだった。

でも、安心したはずなのに、涙が出そうになった。

本当は、よかったと思っていなかったのかもしれない。

わかってもらえなかったのではなく、わかってもらう前に自分で閉じた。

相手は、私が大丈夫だと言ったから安心した。

でも私は、大丈夫じゃないまま残っていた。

部屋の中で泣いた

スマホを置いて、部屋の電気を少し暗くした。

泣くつもりはなかった。

泣くほどのことではないと思っていた。

でも、目の奥が熱くなって、涙が出た。

声を出して泣くほどではなかった。

ただ、静かに涙が落ちた。

大丈夫と言ったのは自分なのに。

平気なふりをしたのも自分なのに。

それでも、少しだけ悲しかった。

誰かにわかってほしかった。

でも、わかってほしいと言うのが怖かった。

そんな自分が、少しだけ苦しかった。

いつもこうしてしまう

思えば、こういうことは初めてではなかった。

本当は嫌だったのに、「いいよ」と言ったこと。

本当は寂しかったのに、「気にしないで」と言ったこと。

本当は傷ついたのに、「大丈夫」と笑ったこと。

そのたびに、相手との関係は壊れなかった。

でも、自分の中には小さな我慢が残った。

その場を守るために、自分の気持ちを少しずつ置いてきた。

誰かに嫌われないために、自分が自分を後回しにしてきた。

そのことに、夜になってから気づくことがある。

本音を言うのは怖い

本音を言えばいい。

そう言うのは簡単だと思う。

でも、本音を言うのは怖い。

相手が黙ったらどうしよう。

面倒だと思われたらどうしよう。

そんなつもりじゃなかったのに、と言われたらどうしよう。

関係が変わってしまったらどうしよう。

そう考えると、結局いつもの言葉を選んでしまう。

「大丈夫。」

その言葉は、自分を守っているようで、少しずつ苦しくもしていた。

今夜は大丈夫じゃないことにする

涙が少し落ち着いてから、私はもう一度スマホを見た。

トーク画面は静かだった。

今さら何かを送り直す勇気はなかった。

でも、心の中でだけ、さっきの言葉を少し直した。

本当は、少し傷ついていた。

本当は、少し寂しかった。

本当は、大丈夫じゃなかった。

誰かに送るわけではない。

でも、自分にだけはそう言ってもいい気がした。

相手に言えなかった本音を、自分までなかったことにしなくてもいい。

そう思ったら、少しだけ呼吸が深くなった。

「大丈夫」と送った夜の終わり

その夜、私は相手に何も言い直さなかった。

明日になったら、また普通に話すのかもしれない。

何もなかったみたいに笑うのかもしれない。

それでも、今夜の涙までなかったことにしなくてもいい。

大丈夫と送ったあとで泣いた夜。

平気なふりをして、あとから苦しくなった夜。

それは、弱かったからではないのかもしれない。

相手との関係を壊したくなくて、必死に守ろうとしただけかもしれない。

でも、これからは少しずつ、自分の気持ちも置いていかないようにしたい。

いきなり全部言えなくてもいい。

まずは、自分の中でだけでも、

「本当は大丈夫じゃなかった。」

と認めるところからでいい。

私はスマホを伏せて、布団の中で小さく息を吐いた。

今夜は、大丈夫じゃない自分のまま眠ることにした。

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